【スケッチ】金戒光明寺(山門)|桜の名所の一つ

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京都にある金戒光明寺(山門)のスケッチです。

桜の名所としても知られており、この日は桜吹雪が綺麗でした。

スケッチ

スケッチ内容

■基本情報

金戒光明寺
金戒光明寺
制作情報

[制作日]
2019年04月13日 スケッチ/彩色

[道具]
・筆ペン(顔料)
・顔彩
・和紙(はがきサイズ)


考察

立派な門だったので、迫力を出す為に2枚つなげて描きました。

ただ、門自体が少し小さかったですね。

下半分がほぼ階段で、間を埋めるために中途半端に描いてしまいました。

金戒光明寺
金戒光明寺

この位の構図がいいかな。

この日は風が吹くと桜吹雪になって綺麗でした。

この時期は一見の価値ありです。

スケッチ環境

山門の前は車道になっています。

車や人の数は多くないので、端に寄っていれば描けなくはないです。

車道を挟んで向かいに駐車場があり、車道と駐車場の間に腰高の石垣があるので、今回はその上で描きました。

場所

金戒光明寺
金戒光明寺

概要

通称「くろだにさん」として知られている浄土宗の大本山で、ご本尊は阿弥陀如来です。

アフロで有名な五劫思惟ごこうしゆい阿弥陀仏も見れます。
(蓮池近くの墓地に入ってすぐです)


この年の5月の連休に福島県の会津へ旅行に行こうとしていて、会津ゆかりの場所を調べていると、ここが出てきました。

幕末に会津藩主の松平容保が京都守護職に任ぜられ、その本陣が置かれた場所になります。

新選組も守護職預かりとなり、近藤勇や芹沢鴨等がこの場所で容保に拝謁しています。

また、幕末の鳥羽伏見の戦いまでに亡くなった藩士を埋葬した「會津藩殉難者墓地」もあります。


略歴

内容
1175・法然により設けられた草庵「白河禅房しらかわぜんぼう」が始まり
・浄土宗を開宗
室町時代応仁の乱で焼失
1860山門が再建
1862会津藩主の松平容保が京都守護職に就任し、本陣を置く
1868大政奉還後、京都守護職が廃止
1946黒谷浄土宗として独立
1977浄土宗に合流

所在地

最寄り駅は京阪の「神宮丸太町」です。

そこから徒歩で18分程です。

地下鉄なら「東山駅」から徒歩で20分程です。

バス停が近くにあるので、JRなどの離れた駅の場合はバスの利用がお良さそうです。

以上

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