【スケッチ】鶴ヶ城(会津若松城)|赤瓦が美しい

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福島県にある会津若松城のスケッチです。

会津あいづ喜多方きたかた大内宿おおうちじゅくへ旅行に行った時に描いたものです。

スケッチ

スケッチ内容

■基本情報

鶴ヶ城 (会津若松城)
鶴ヶ城 (会津若松城)
制作情報

[制作日]
2019年04月28日 スケッチ
2019年05月06日 彩色

[道具]
・鉛筆
・筆ペン(顔料)
・顔彩
・スケッチブック(HW-2203)


■考察

珍しく鉛筆で下書きしました。

現地では鉛筆だけで描いて、家に帰ってからペン入れして色を塗っています。

練り消しで修正しながら描きましたが、やはり時間はかかりますね。

下描きをしたので、天守のバランスは悪くないです。

天守の石垣がごちゃっとしているのは気になります。

野面積のづらづみが難しい。

屋根の色は実際よりも赤味が強いですが、多少誇張しても面白いかなと思い、赤多めにしました。

スケッチ環境

城内は広いので、スペースは沢山あります。

人もそこそこ多いですが、まぁ、スケッチしづらいことは無い。

4月末でしたが、寒波のせいでかなり寒かったです。

言い訳みたいになりますが、途中で指が震えてきて、早めに切り上げました。

場所

鶴ヶ城 (会津若松城)
鶴ヶ城 (会津若松城)

概要

1593年に蒲生氏郷がもううじさとが築城した城です。

明治に解体されましたが、1965年に再建されたのが現在の天守です。

正式名は「若松城」で、同じ名前がある為、「会津若松城」とも言います。
「鶴ヶ城」は別名になります。

地名の「若松」も「鶴ヶ城」も、蒲生氏郷が名付けたものです。

それが今日まで残っていることが、蒲生氏郷の凄さを物語っています。

・若松
蒲生氏郷が幼い頃に過ごした近江の日野城ひのじょうの近くにあった「若松の森」が由来。

・鶴ヶ城
蒲生氏郷の幼名「鶴千代」、蒲生家の家紋「対い鶴むかいづる」が由来。

ちなみに、赤瓦が特徴の一つではありますが、再建時は黒瓦でした。

2011年に幕末当時と同じ赤瓦に葺き替えられました。

・赤瓦
表面に釉薬をかけて高温で焼く、又は漆をかけている為、耐久性が高く、水分の浸透を防ぎ、み割れにくくなる。
天守に使われているのは鶴ヶ城のみです。


2009年の様子を記載した記事がありましたので、載せておきます。

黒瓦の頃を知らなかったので、ちょっと違和感がありますね。


■略歴

内容
1384葦名直盛あしななおもり東黒川館ひがしくろかわやかたを建てる
15世紀黒川城と城下町が成立
1592蒲生氏郷が地名を「黒川」から「若松」に改める
1593蒲生氏郷が天守閣を建て、「鶴ヶ城」とする
1611会津地震により倒壊
1639天守閣を再建
1868戊辰戦争で新政府軍に城を明け渡す
1874天守閣を含めて破壊
1965天守閣を再建
2011黒瓦から赤瓦に葺き替え

所在地

最寄り駅は「西若松駅」です。

そこから徒歩で25分程です。

「会津若松駅」からは徒歩で35分程です。

バスなら「鶴ヶ城西口」まで8分、さらに徒歩で6分程です。

以上

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