【美術】常設展|藤野厳九郎記念館(あわら温泉湯のまち広場)

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あわら温泉湯のまち広場
あわら温泉湯のまち広場

福井県あわら市にある博物館の感想です。
「あわら湯のまち駅」の北側にあります。

概要

藤野厳九郎記念館
藤野厳九郎記念館

元々は三国の方にあった藤野厳九郎の旧宅を2011年にこの場所に移築したものです。

藤野厳九郎ふじのげんくろう(1874-1945)
あわら市(旧:敦賀県坂井郡つるがけんさかいぐん)の出身で、解剖学を学ぶ。

魯迅ろじん(1881-1936)
中国の紹興しょうこう出身で、小説家、または思想家。

出来事
1874藤野が生まれる
1881周樹人(魯迅)が生まれる
1901藤野が仙台の学校で講師となる
1902周樹人が日本へ留学
1904周樹人が仙台の学校に入学し、藤野に出会う
1906周樹人が仙台の学校を退学
医学ではなく小説家を選ぶ
(文学により母国の精神面を変えようとした)
1918魯迅の名で「狂人日記」を発表
1935藤野が「魯迅選集」を読み、教え子が魯迅だと知る
1936魯迅が亡くなる
1945藤野が亡くなる
構成

<あわら温泉湯のまち広場>
・藤野厳九郎記念館
 情報コーナー/旧宅/あわらロマン館
・芝生広場
・伝統芸能館         ※未利用
・湯けむり横丁(公式サイト) ※未利用
・芦湯(無料の足湯)     ※未利用

<その他>
・芦原温泉発祥の地

感想(藤野厳九郎記念館)

藤野厳九郎記念館
藤野厳九郎記念館

右側の玄関っぽい所は入れません。
左側の入口から入ると窓口があります。
情報コーナーと旧宅が中でつながっています。

藤野は一般的に知られた人物ではありませんが、魯迅が師と仰いだ人物なので、もっと評価されても良さそうですね。

下記の言葉が印象的でした。
真面目な人だったことは間違いないですね。

病気は正月も休まんで わしも休んだらあかん

藤野厳九郎

福井放送の動画があったので、載せておきます。

友好市長締結調印式/魯迅の子孫が来市

友好市長締結調印式/魯迅の子孫が来市
友好市長締結調印式/魯迅の子孫が来市

上の写真が芦原町(日本)と紹興市(中国)の友好市町締結調印式の様子です。
下には古いオブラートの缶
「魯迅の長男 周海嬰しゅうかいえい氏夫妻、孫 周令飛しゅうれいひ氏来市」とあるので、贈り物のようです。

オブラート
オブラート

旧藤野家住宅主屋

No作家名作品名期間備考
旧藤野家住宅主屋1926-1945国の登録有形文化財
旧宅内
旧宅内

ガラス戸も種類が色々ありますね。

藤野が実際に使用していた道具や服などが展示されていました。
レトロな空間でした。

感想(芝生広場)

恐竜博士
恐竜博士

恐竜博士がお出迎え。
福井駅にもいた気がします。

あわらハッピードア
あわらハッピードア

広場の真ん中には見たことあるようなドアが・・・。
このようなドアは全国各地にあるようですが、ここもフォトスポットとして設置したようです。
正式名称は「あわらハッピードア」
ちゃんと開閉できます。

あわらハッピードア
あわらハッピードア

感想(芦原温泉発祥の地)

芦原温泉発祥の地
芦原温泉発祥の地

「あわら湯のまち駅」の南側を西へ少し行った所にあります。

元々は明治16年にこの場所で湯が沸いたことが芦原温泉の始まりでした。
ただし、隣接の村の湯量、泉質が良かったことや、ここの湯が枯れてしまったこともあり、温泉街の中心は移っていったようです。


以上

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