【スケッチ】角屋|ここでしか見れない揚屋建築

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京都にある角屋すみやという建物のスケッチです。

花街で使われていた揚屋あげやと呼ばれる建物です。

スケッチ

スケッチ内容

■基本情報

角屋
角屋
制作情報

[制作日]
2019年09月29日 スケッチ
2019年09月30日 彩色

[道具]
・筆ペン(顔料)
・顔彩
・和紙(はがきサイズ)


■考察

細かい所はどうなってるかわかりにくいですが、悪くはないと思っています。

主役は色が地味なので、周りの建物は輪郭だけにしてます。

スケッチ環境

路地ですが車や人もあまり通らないので、描くことは問題ないです。
広くは無いので、構図の選択肢は少ないです。

場所

概要

主に江戸時代から昭和の終わり頃まで揚屋茶屋として営業していた建物です。

揚屋あげや
太夫、芸妓などを呼んで宴会をする場所。
料理の提供は行い、太夫、芸妓は置屋おきやと呼ばれる派遣専門の場所から呼ぶ。
(明治以降は置屋でも宴会を行う場所があった)
似た業種の茶屋ちゃやは料理の提供は行わない。

1998より「角屋もてなしの文化美術館」として一般公開されています。
毎年、春と秋の期間に公開されており、予約制で人数制限されています。

角屋(入口)
角屋(入口)

調度品や欄間など見所は沢山ありますが、2階座敷の螺鈿の装飾とかが綺麗でした。
係の人に案内してもらうことになりますが、説明も興味深いので、歴史や建築に興味があれば2階も含めて見て欲しいです。

ちなみに、角屋も利用していた置屋の輪違屋わちがいやは今も営業しています。
基本非公開ですが、特別公開している時もあります。

輪違屋
輪違屋

■略歴

内容
1589初代徳右衛門が柳馬場二条で角屋の営業開始
1602六条三筋町へ移転
1641・六条三筋町から西新屋敷へ移転
・移転時の騒動が「島原の乱のようだった」と
 言われたことから「島原」と呼ばれるようになる
1863新選組が角屋で宴会後に壬生の八木家で芹沢鴨を暗殺
1872揚屋からお茶屋に編入
1952角屋が国の重要文化財に指定
1977島原が花街としての営業終了
1980重要文化財の指定範囲が追加
1985角屋の営業終了
1998角屋もてなしの文化美術館として開館

所在地

最寄り駅はJRの「丹波口駅」または「梅小路京都西駅」です。
そこから徒歩で7分程です。

JR「京都駅」からなら徒歩で27分程です。
「京都駅」からバスだと「梅小路公園前」までになるのでお勧めはしません。

以上

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