
茨城県立歴史館の企画展、常設展です。
GWに茨城県を観光してきました。
概要
展覧会 | 期間 |
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[企画展] ・常陸平氏 ―将門・清盛につながる一族― ・[戦後80年]くらしの中にあった戦争 | 2025/04/26 ~ 2025/06/22 |
[企画展] 一橋徳川家2世当主 徳川治済 | 2025/04/22 ~ 2025/06/15 |
[常設展] | – |
茨城の古代から現代の歴史について常設展示されていて、茨城の歴史を大まかに知ることができます。
初めて訪れる観光客にもお薦めですね。
外観は石垣のようなデザインになっています。

敷地は広くて、子供を連れて遊ぶにも良い所です。
公式サイトを見ると「庭園」でした。
公園ではないので遊具などはなく、ペットも禁止です。
- 本館1階
<企画展:常陸平氏>
第1章 常陸平氏の成立
第2章 常陸平氏-多気重幹の系譜-
第3章 常陸平氏-多気直幹の系譜-
第4章 終焉-佐竹氏・徳川氏の時代へ-
<企画展:くらしの中にあった戦争>
<常設展>
昔のくらし再現
偕楽園紹介コーナー(1階ロビー) - 本館2階
<常設展>
原始・古代/近世/近・現代 - 一橋徳川家記念室
<企画展:一橋徳川家2世当主 徳川治済>
第1章 誕生と任官
第2章 治済の生涯
第3章 治済を祀る - 野外施設
<常設展>
旧水海道小学校本館
旧水戸農業高等学校本館
旧茂木家住宅
感想(常陸平氏)
千葉から茨城にかけて活躍した平氏一族の展示です。
本朝百将伝
No | 作家名 | 作品名 | 年 | 備考 |
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2 | 作成:大西与左衛門 賛:林道春(林羅山) | 本朝百将伝 | 1656 | 第1章 |
右に平貞盛、左に藤原秀郷の頁です。
二人は平将門を倒した武将として知られています。
茨城県坂東市は将門が御所を作った場所であり、浮世絵にもよく描かれています。
月岡芳年|大日本名将鑑
No | 作家名 | 作品名 | 年 | 備考 |
---|---|---|---|---|
4 | 月岡芳年 | 大日本名将鑑 | 1877 | 第1章 |
源頼信です。
関東でおこった「平忠常の乱」を鎮圧した人物です。
平忠常は将門の叔父である良文の孫になります。
千葉氏の祖でもあるので、千葉市立郷土博物館に行った時に説明がありました。
芹沢文書
No | 作家名 | 作品名 | 年 | 備考 |
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20 21 22 23 24 | ー | 芹沢文書 結城晴朝書状 大掾清幹書状 北条氏照書状 大掾貞国書状 芹沢家所用手文庫 | 1585 16世紀 16世紀 1563 16世紀 | 第2章 |
「芹沢」と言えば新選組の芹沢鴨が有名です。
出自は明確ではなく、下村から芹沢に変えた可能性が高いようです。
水戸藩出身ではありそうですが、芹沢家とは血縁関係がない可能性もありますね。
ちなみに染色工芸家で人間国宝の芹沢銈介(1895-1984)は静岡出身でした。
元は大石姓だったようですが、芹沢たよ(静岡市)と結婚した際に芹沢姓になったようです。
芹沢姓は静岡が一番多く、茨城県は南部の方に多いようです。
島崎長国像
No | 作家名 | 作品名 | 年 | 備考 |
---|---|---|---|---|
26 | ー | 島崎長国像 | 18世紀 | 第2章 |
島崎長国(?~1515)は盟主と言われた人物だったようですが、島崎氏は豊臣時代の1591年に佐竹氏に滅ぼされます。
居城でもあった島崎城は潮来市に遺構のみが残されています。
この肖像画は潮来市の長国寺所蔵のものです。
長国寺は島崎氏の氏寺で、長国が創建しました。名前もそこからきています。
三代豊国|東海道五十三次之内 藤沢 小栗判官
No | 作家名 | 作品名 | 年 | 備考 |
---|---|---|---|---|
42 | 三代豊国 | 東海道五十三次之内 藤沢 小栗判官 | 1852 | 第2章 |
小栗判官は物語上の人物で、歌舞伎や浄瑠璃などの演目にもなっています。
常陸小栗氏である小栗満重、助重の親子がモデルと言われています。
ざっくり言うと、謀反の疑いをかけられ、三河小栗氏のいる三河へ逃れる途中、藤沢で襲われたとかなんとか。
藤沢市藤澤浮世絵館に解説があります。
ちなみに、小栗と言えば幕末に活躍した小栗上野介(小栗忠順)が有名ですが、こちらは三河小栗氏でした。
伝真壁道無像
No | 作家名 | 作品名 | 年 | 備考 |
---|---|---|---|---|
43 | ー | 伝真壁道無像 | 16世紀 | 第3章 |
真壁氏幹とも言います。
真壁氏は現在の茨城県桜川市真壁町を拠点としていました。
背景に木や鳥が描かれており、肖像画としては珍しい形式です。
観音応現身・帝釈天板絵
No | 作家名 | 作品名 | 年 | 備考 |
---|---|---|---|---|
47 | ー | 久野・観音寺 観音応現身・帝釈天板絵 | 1533 | 第3章 |
残念ながら劣化が激しくわかりにくい状態です。
板絵は建物の外側に使われることが多いのか、劣化しがちな印象です。
佐竹義重所用 茶羅紗包丸胴具足
No | 作家名 | 作品名 | 年 | 備考 |
---|---|---|---|---|
54 | ー | 佐竹義重所用 茶羅紗包丸胴具足 | 16世紀 | 第4章 |

佐竹義重は常陸国の戦国大名で、秀吉、秀頼の時代に活躍しました。
鹿角が迫力あります。
黒い艶が渋いですね。
感想(くらしの中にあった戦争)
海外放送現況図(1941年)

世界のラジオの普及率(右)、施設数(左)を示す図です。
欧米諸国に比べて普及率が低いのでもっと増やそう、といったことが書かれています。
1941年は太平洋戦争(大東亜戦争)が始まった年です。
普及率だと人口が少なそうな国が上位にきてそうですが、確かにアメリカ、イギリス(英本国)、フラン、ドイツあたりとはかなり差がありますね。
ちなみに、これらの国の1941年時点の人口は下記です。
国 | 人口 |
---|---|
日本 | 7千2百万 |
アメリカ | 1億3千3百万 |
イギリス | 4千6百万 |
ドイツ | 7千5百万 |
フランス | 4千2万万 |
アメリカは国土が広いとはいえ、施設数、放送局数が圧倒的ですね。
中華民国が無いのは何故でしょうか。
感想(常設展)
ホーロー看板
商品名 | モデル | 会社 | 備考 |
---|---|---|---|
ボンカレー オロナミンC オロナイン | 松山容子 大村崑 浪花千栄子 | 大塚食品 大塚製薬 大塚製薬 | 昔のくらし再現 |

3つとも大塚グループですね。
浪花千栄子の本名である「南口キクノ」が「軟膏効くの」とかかっているそうです。
・ホーロー看板(琺瑯看板)
ホーローとは表面をガラス製の釉薬で仕上げたもので、本来はホーローを使った金属製の看板のことを差す
現状は塗料を使った看板も含めて、金属製の看板はホーロー看板と通じる
YouTubeでオロナインのCM動画が見れます。
出演者は大村崑、浪花千栄子、松山容子、土田早苗。
感想(徳川治済)
一橋治済像/最樹院様御葬送覚
No | 作家名 | 作品名 | 年 | 備考 |
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11 | ー | 一橋治済像 | 江戸時代後期 | 第2章 |
24 | ー | 最樹院様御葬送覚 | 1827 | 第3章 |
8代将軍吉宗の孫で、11代将軍家斉の父です。
大河ドラマ「べらぼう」にも登場します。
田沼意次や松平定信とも関わってくる為、ドラマでの今後の動向に要注意です。
最樹院はの法名です。
神輿のような棺ですね。
偕楽園の絵葉書
No | 作家名 | 作品名 | 年 | 備考 |
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47 | ー | 常盤公園表門 常盤公園好文亭 常盤公園好文亭玄関 桜山より好文亭を望む 常盤公園吐玉泉 | 昭和初期頃 | 偕楽園紹介コーナー |

1873年(明治6年)から1957年(昭和32年)は「常盤公園」の名で公開されていたようです。
好文亭、表門、吐玉泉は現在の様子も並べてみました。
再建されているので、違いはありますが、好文亭と表門は同じような雰囲気です。
吐玉泉は形が全然違います。
初代(1842~1914)と2代目(1914~1950)は井筒型で、3代目(1950~1987)と4代目(1987~)は現在の形状になります。
絵葉書は2代目ですね。
木陰の中に真っ白な岩があって違和感のある風景でした。
2代目、3代目は下記ブログで紹介されていました。
感想(常設展)
虎塚古墳横穴式石室(模型)
作品名 | 年 | 備考 |
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虎塚古墳横穴式石室(模型) | 7世紀 | ひたちなか市 |

装飾古墳と言うと熊本県のチブサン古墳(6世紀)が浮かびますが、全然違いますね。
意味の無い絵を描くとは思えないので、図形が何を表しているのか気になります。
大日本史
作家名 | 商品名 | 年 | 備考 |
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ー | 大日本史 | 1657-1906 | ー |

大日本史は色んな文化施設にあります。
流石は水戸です。
このページは序文的な内容かな?
土井利位|雪華図説
作家名 | 作品名 | 年 | 備考 |
---|---|---|---|
土井利位 | 雪華図説 | 1832 | ー |

土井利位(1789-1848)は古河藩(茨城県古河市)の藩主です。
何度か見ているので知っている人物でした。
横にいる鷹見泉石(1785-1858)って渡辺崋山の作品として美術の教科書に載っていて、絵は見覚えがあるのですが、歴史的にどういう人物かは全く記憶に無いです。
古川藩の家老で蘭学者で、土井利位に仕えていたようですが、利位が大阪城代の頃に大塩平八郎の乱があり、鷹見が鎮圧にあたったようです。
うーん、当時は乱があったことだけ覚えて終わりでしたね。
知識が紐づいて伏線を回収したような感じもするし、さらに伏線がバラまかれた気もします。
沼尻墨僊|傘式地球儀・地図版木(複製)
作家名 | 作品名 | 年 | 備考 |
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沼尻墨僊 | 傘式地球儀・地図版木 | 1855 |

沼尻墨僊は土浦出身の学者です。
茨城は傘式地球儀の本場と言ってもいいですね。
どこかで見たことあると思ったら、東京の科博で見てました。
知識が繋がるのも博物館を巡る醍醐味です。版木も見れました。
茨城県の歴史知事

右端の山岡高步(山岡鉄舟)だけは聞いたことある名前でした。
勝海舟、高橋泥舟と並んで「幕末の三舟」と呼ばれた人物です。
名前に舟がつくことと、江戸無血開城に関わっていたことが3人並べられた理由です。
感想(野外展示)
旧水海道小学校本館
学校関連の資料や、茨城ゆかりの人物の情報が展示されていました。
野口雨情の生家の写真です。
今も変わっていないですね。

旧水戸農業高等学校本館
中には入れませんでした。
以上
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